【毛利元なりぃこの旅】第2回目は『広島城』

この記事の目次

  • はじめに
  • 令和8年3月22日に広島城が閉城します
  • 閉城する理由
  • 広島城は誰が建てたの?
  • 広島城の歴代城主
  • 城内にある被ばく樹木
  • 広島護国神社
  • 広島城天守閣の利用時間・観覧料・その他
  • 終わりに
  • 参考文献

はじめに

こんにちは!りぃこです!

毛利元なりぃこの旅の期間が空きましたが、のんびり更新していきます!!

今回登城したところは

広島城

前回、有田城と小倉山城に行ったので、順番的には鏡山城ですが、諸事情により、今回は急遽、広島城を訪れました!!

令和8年3月22日に広島城が閉城します

なぜ、急遽、広島城に登城したのかというと、見出しタイトルのとおり、令和8年3月22日に広島城が閉城するからです。

閉城する理由

なぜ、閉城するのか?

広島市のホームページによると・・・・

現在の広島城は昭和20年の原爆投下により、倒壊した天守閣を昭和33年に倒壊以前の外観を模し、鉄筋コンクリートによって再建されたのですが、コンクリートの劣化・設備の老朽化などの問題から、安全面を考慮し閉城せざるを得なくなってしまったとのことです。

築68年だと劣化や老朽化は仕方ないですね・・・

また、広島市によると、広島城天守は、現在のところ、解体の予定はなくて、天守の外観は、引き続き鑑賞できるとのことです。

建物の中には入れないけど、外観を鑑賞できるのなら、良かった!!!!

今後、天守閣は復元等に関する検討・調査をおこなっている最中で、どうなるのかは、まだ未定とのことです。

広島城は誰が建てたの?

そもそも、広島城は誰が建てたのか?

「毛利輝元」が建てました。

毛利輝元は毛利元就のお孫さんです。 

戦国時代は、お城というと山の形を利用して作られた「山城」というのが主流だったそうです。

毛利元就の拠点の郡山城は「山城」だもんね。

しかし、戦が多い時は山城は有効だったのですが、戦が少なくなってくると「近世城郭きんせいじょうかく」というのが主流になりました。

堀と石垣に守られた広大な面積の城内に、城主の居館きょかんと権力のシンボルである天守閣を持つ近世城郭きんせいじょうかくは、水陸の交通の便がよい場所につくられました。
そして城の周りには家臣や町人が住む大きな城下町がつくられたのです。城と城下町は一体化して領国の政治・経済の中心として機能しました。
本格的な近世城郭きんせいじょうかくの最初は信長が築いた安土城あづちじょうとされ、信長の後継者となった秀吉によって全国に普及しました。

(広島城ホームページより引用)

天正てんしょう16年(1588年)に輝元は豊臣秀吉の大阪城を訪れた時に城と城下町が栄えていたのを見て、郡山城が時代遅れだと感じ、広島城を作ることになりました。

中国地方一帯を治めることができる城と城下町建設のために城地じょうちとして選んだのが祖父元就もとなりが重視していた広島湾頭だったのです。翌17年(1589)、太田川デルタ周辺の山々から城地を見立て、築城を開始しました。

(広島城ホームページより引用)

広島城の歴代城主

(写真は広島城堀の外側にある「池田勇人」像)

池田勇人さんは広島県出身の元総理大臣です。

名前生没年治世期間
1毛利輝元1553-16251591-1600
2福島正則1561-16241600-1619
3浅野長晟1586-16321619-1632
4浅野光晟1617-16931632-1672
5浅野綱晟1637-16731672-1673
6浅野綱長1659-17081673-1708
7浅野吉長1681-17521708-1752
8浅野宗恒1717-17871752-1763
9浅野重晟1743-18131763-1799
10浅野斉賢1773-18301799-1830
11浅野斉粛1817-18681831-1858
12浅野慶熾1836-18581858-1858
13浅野長訓1812-18721858-1869
14浅野長勲1842-19371869-1869

城内にある被ばく樹木

何気なく撮ったこの樹木は「クロガネモチ」です!

なんとこの樹木は広島に原爆投下された際に被ばくした樹木なんだとか。

原爆投下された当時、50年は草木が生えないだろう・・・って言われていたみたいです!

この木は広島大本営跡の付近のものです。詳しくは↓下記の史跡広島城跡マップをご参照ください。

被ばくしても立派に生き続けてるこの樹木。生命力の強さを感じます(*´ω`*)

ちなみに、広島大本営跡は下の写真です。

ここに明治天皇さまがお見えになったと思ったら、すごいなぁ・・・と思います。

原爆で被ばくしても、基礎の石の部分が残っているのもすごいなと思いました。

(語彙力無くて申し訳ないです・・・)

広島護国神社

広島城の敷地内後に「広島護国神社」という神社があります!

広島護国神社は、明治元年12月、明治維新の戊辰の役において陣没された高間省三命以下七十八柱を、二葉の里に新しく造営された「水草霊社」に奉祀されたのが創建です。

(広島護国神社のホームページより引用)

広島城が出来たころからある神社かと思ってましたが、明治時代に出来たと知ってビックリしました。子どものころから、大学生くらいまで、この広島護国神社に毎年、初詣に来てたので、私(りぃこ)にとっては馴染むのある神社です。

入口付近この馬の像がありました。

りぃこ達は今年に入って神社にお参りにいってないので、今回が初詣となります。

悪いことなく、健康で毎日過ごせますように・・・

広島城天守閣の利用時間・観覧料・その他

住所:広島市中区基町21番1号

開館時間:9:00~18:00

2026年3月20日(金・祝)・21日(土)・22日(日)の時間は19:00までで、且つ混雑緩和対策として「当日分の整理券」を先着順で配布されるとのことです。詳しくは参考文献の欄に広島城のホームページのURLを載せますので、そちらをご参照ください。

観覧料:大人・・・370円(団体280円)

    シニア(65歳以上)・高校生・・・180円(団体100円)

    中学生以下・・・無料

駐車場はないので、お車でお越しの方は近くの一般駐車場を。

終わりに

広島城に訪れた2026年3月5日は快晴で、二の丸で↑お花が咲いてました。それだけでも癒されました。

また、前回の毛利元なりぃこの旅から始めました、御城印もゲット!!!上記のものは1枚300円で購入しました。この他にもデザインが違うものも売ってありました。(※お値段は異なります)訪問の際はチェックしてみてくださいね。

毛利元なりぃこの旅はまだ続くよー!!

参考文献

(広島市ホームページ)

https://www.city.hiroshima.lg.jp/tourism-culture/history/1026883/1026891/1044406.html

(広島城天守閣のパンフレット・・・2枚)

(広島城ホームページ)

トップページ

(広島護国神社ホームページ)

https://www.h-gokoku.or.jp

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。